名古屋出身の柴田勝家

戦国時代の武将、柴田勝家は名古屋出身の有名人です。

勝家は大永2年に現在の名古屋市名東区で誕生しました。

なお、生年には異説もあります。

柴田勝義の子だと言われていますが、詳しいことはわかっていません。

織田信秀に仕えていた勝家は、天文20年に信秀が死去して以降は、その子である織田信勝に仕えました。

天文22年に起きた萱津の戦いでは、大将として活躍しました。

勝家は信勝に信秀の跡を継がせるべく、信勝の兄である信秀を排除しようとしました。

しかし失敗して降伏しました。

これを稲生の戦いと言います。

信勝が死んだ後、勝家は信長の家臣となります。

元亀2年に長島一向一揆の鎮圧に赴くのですが、負傷してしまい氏家卜全と交代しました。

本能寺の変で信長が死んだ後、勝家は信孝を後継者にしようとします。

しかし、秀吉が推薦する織田秀信が家督を相続することになりました。

勝家は秀吉と戦うのですが、天正11年に秀吉に敗れ、自害しました。