名古屋市の四間道

愛知県名古屋市は、中京地域の中心としてビルやデパートが建ち並ぶ一大都市となっていますが、その大本をただせば、江戸時代に尾張徳川家の城下町として、それまでの中心であった清須から武家、社寺、町家が総移転して誕生した町並みです。

名古屋城築城にあわせて資材運搬のための輸送路として開削された堀川沿いは、やがてその舟運を利用して米、味噌、酒、塩などを城下町一帯に供給するための集散地として商家が多く建ち並ぶようになりました。

江戸初期の元禄年間には、一帯を襲った大火の教訓から、堀川沿いに道路幅を4間(7.2メートル)に統一した「四間道」が誕生し、現在に江戸の風情を伝えています。

四間道の東側は、土盛りをして周辺よりも一段高くした場所に、当時の耐火建築であった白壁の土蔵が連続して建てられ、西側には格子戸のある茶色い木造の町家が並び、現在も民家として人々の居住のために使われています。

土蔵の一部は喫茶店や土産物店にもなっており、観光で訪れる人たちの憩いのスペースとして活用されています。